memorandums

日々の生活で問題解決したこと、知ってよかったことなどを自分が思い出すために記録しています。

真実はひとつ、ではない。

人はどんなことでも話せばわかると思っていました。特に若い頃は。それでたくさん失敗をしてきました。

そんなに単純ではないんですよね。

話せばわかってもらえる、と思っているのはあくまで話す側から見た主張です。

もっというと話し手が、自分が相手だったらこの話は理解できるから、これを伝える相手にも理解してもらえるはずだ、ということかと思うんです。僕はよくこれをやっていたような気がします。こうなるのが組織のためには良いはずだ、という感じですね。

でも、それって思い込みなんですよね。

同じ情報を受け取っても、その受け手の価値観や立場によってその情報の意味は大きく変わってしまうことがあります。

自分のことさえよくわからないのが人間です。他人の頭となるともうお手上げです。それを思いやりの気持ちで想像することは決して悪いことではないと思いますが、それでも自分の思い込みを強要するようなことは不幸な結果を生むのだと思います。

自分や相手にとって幸せな未来とはなんなのかを見極めて発言・行動するのがよろしいかと思います。

話してもよい結果にならないのであれば言わない、あるいは言うのをできる限り遅らせる、という選択もありかなと思うのです。

僕が若い頃ならそうした判断は不誠実と思ったでしょう。でも、それは自分からみた世界のことしか考えていなかった結果だったんだなと思うんですね。最初にも書きましたが。

昔からよく言われていますが、人付き合いでは、片目をつぶるくらいがちょうどよいのかな。。。と思います。特に自分の精神衛生上よいのかなと。反応しない⚪︎⚪︎とか少し前に本でも流行ったような気がします。何かとストレスの多い社会で我々は生活していますから、今後、益々、スルー力が大事になるんだろうな、と思います。

ご老人が耳が遠くなるのは。。。もしかすると聞こえてないふりをしているのかもしれませんね😆