memorandums

日々の作業ログです。

大学と3S

最近の日記に書いているように、12月末まで企業に納品する画面ソフトウェア開発プロジェクトを学生主体(2年生)で進めています。まだ始めて一週間くらいですが、これまでの授業や研究とは違った、学生の行動や価値観の本質のようなものが見えてきました。
大学の演習では、プログラムを「キッチリ」作ることを要求しません。特に低学年のうちは。理解度の低い学生には、とりあえず動くものを作る、という程度を要求しています。

ロジックの必要性や前後関係、コーディングルールや命名規則なども開発現場から見れば無いに等しいでしょう。

しかし、本プロジェクトは演習ではなく実践ですのでそういうわけにはいきません。


少しずつ指導してきて感じるのは、技術的なことが不足することは当然ですが、それ以上に大きな問題を感じています。それは精神的なことです。エンジニアマインドとでも言うのでしょうか。

具体的に言えば、プログラムをキッチリ書こうとか、プログラムを隅々まで理解しようとか、マニュアルを読んで理解しておこう、という気持ちがほとんどありません。

もちろん、大学1年生の演習では、そこまで教えていないわけですから「教わっていないからできない」と言われればそれまでの話です。

しかし、調べようと思えば材料は手中にあるのです。

社会人は、その材料すらない状態で手探りでそれを探し当てます。

二十歳そこそこの学生にそうした能動的に行動することを求める酷なのかも知れませんが、逆に二十歳は十分に大人で、そうしたことができてもおかしくはない年齢だと私は思います。

前職の同期で、高校卒業で就職し20歳のころには会社のことやプロジェクトのことを本当に真剣に考えて行動していた友人・知人を数多く知っているからです。

以上のようなことがあり、技術的なこと以上に、主体性をもってキッチリ仕事に取り組む姿勢を教えていかなければならないと思います。


最近私はこうした精神的な行動改善に3Sがぴったりなのではないかと思うようになりました。

私自身は前職からのクセで3Sを日々実践していますが、大学の教育や研究は、アカデミックな世界であり、そうしたキーワードとは無縁な世界(そんなこと言わなくても実行できる)だと思ってきました。

大学といえども危険物を扱っている部署では安全教育などが行き届いていると思いますが、それ以外の大学生活は自由なわけです。何もキッチリする必要はないのです。

もちろん、大学の自由さは楽観的で気持ちよく感じますが、モノつくり(特に製品開発)となると企業の論理を持ち込まざるを得ません。

3Sや5Sに取り組んでいる企業ではどんな年配の大人だって実践しているのです。

学生だってやれないわけはないのです。

ということで、今日から作業前の清掃、作業後の整理・整頓を実践してもらおうと思います。

学生からすると面倒で仕方がないことでしょう。開発期間中に3Sの意味を理解する人も少ないでしょう。

でも、地道に行くしかないんだなぁ、と思います。

いつかは気配りが行き届いた行動やコーディングや設計ができるエンジニアになってもらえることを期待したいと思います。