memorandums

日々のメモです。

娘と聴講でKIGSへ

昨日、ネットで参加申し込みしてた以下の講演に行ってきました。

テクノロジー×アートで何が見えますか?|イベント

講演は森脇先生のこれまでのご自身の作品紹介から始まりました。

沢田研二さんのTOKIOの電飾衣装に始まり、山本寛斎さんのショー演出をきっかけとして、小林幸子さんのLEDや光ファイバーを使用した電飾衣装へ繋がったお話。多くのLEDを同時に発光させるのはかなり困難が伴ったのではないかと想像します。その後、青色LEDが発明されてフルカラーが発色できるようになり、作品作りにLEDやををいち早く作品つくりに取り入れたとか。

代表作の1つが「rayo=graphy」

影は本来、周囲より暗くなるはずですが、そこをLED等で明るくする、という作品。先生のHPに写真が掲載されていました。

http://faculty.tamabi.ac.jp/outsideimg?spc=0000000381

原理までは解説がありませんでしたが、鑑賞者の背面からライトをあてて、装置に影ができたところを発光させる仕組みとのことでした。恐らく照度センサーのようなものが1つ1つの発光素子に組み込まれて独立して動作させていたのではないかと想像します。

この作品の発想はレイヨグラムから来ているとか。カメラが発明される前に、その原理となるピンホールカメラ?の現象は昔から知られていたとか、そこでその投影(反射光?)された光を模写するシステムがレイヨグラムだったようです。初めて知りました。

フォトグラム - Wikipedia

そこから、テクノロジーを起点として、写真、映画が生み出され、アートとして認知されるまでにはずいぶんと時間がかかったことをご紹介いただきました。

そこに、人工知能レンブラントの絵画を学習し、人工知能が生成したレンブラントのような作品が紹介されていました。人工知能が描いたものはアートと言えるのか?みなさんで考えて議論していきましょう、とのことでした。

wired.jp

その一方で、古代の壁画を例に、その当時、生きていた人達は生存することに全力を尽くしていたはずなのに、必要ないはずの「絵を描く」という行為をなぜしていたのか?というメッセージも投げかけていました。意思あるいは情熱、描きたいという衝動。アートにとって大事だよね。。。そんなメッセージが込められているように感じました。

ロボットやアプリが自我や意識をもつ時代もくるのかもしれません。自我や意識はそもそも何なのか?考えさせられます。

また、ニンテンドー横井軍平さんの紹介もありました。十字キーを考案した人として。当時、ジョイスティックは高価だったが、価格を抑えるために発案されたのが十字キーであったと。優れた技術を世の中に広めるためには、ありふれた技術にアイデアを詰め込むことだと。アートとコスト、本質的には関係ないように思いますが、突き詰めることによってアートが生まれる。。。そんな理解でしょうか。

横井軍平 - Wikipedia

後半は先生の最近の取り組みのご紹介でした。

宇宙と芸術を掛け合わせる仕事をされているそうです。壮大ですね。。。

種子島宇宙芸術祭

九州で近いのでぜひ今度行ってみたいと思います。

なぜ転換したのか。。。「LEDは飽きた」のだそうです。わかるような気がします。

でも、入れ物?を置き換えることで同じ方法論でも考えることが違ってくると想像します。

後半は娘が居眠りしていびきが気になって集中できませんでした。。。😁 先生、ごめんなさい。

私はほんと飽きっぽい性格なので1つのことを何十年も研究するなんてできません。

それでもソフトウェア開発というものを現場ではなくアカデミックな立場で研究したいと思って転職しました。

でも、現場を離れたということもありますが、飽きたな。。。と感じています。何がしたいのか。。。模索中です。

今、この時代だからできることしたいことがあるように感じてはいます。

そんなタイミングでの講演でしたので、個人的にとても有意義でした。