memorandums

日々の生活で問題解決したこと、知ってよかったことなどを自分が思い出すために記録しています。

段階的詳細化

プロジェクト管理の授業を担当してきました。最初の授業でPMBOKのプロジェクトの特徴を説明します。PMBOKでは以下の2点を挙げています。

  • 有期性
  • 独自のプロダクト

僕は勝手にもう1つ追加しているのがこのタイトルのワードです。ソフトウェア開発チームのプロジェクト管理経験からとても強く感じる特性だったので入れています。

もちろん、学生さんに伝えるときには「これは独自に追加したけど大事なワードです」と補足しています。

プロジェクトは未来です。未来を正確に予測することは困難です。要件定義の段階ではプロダクトも曖昧です。

その未来をチームや顧客と協働して形にしていく活動がプロジェクトであり、その活動を管理するのがプロジェクト管理だと思っています。

形のないものを形にしていく。人に与えられた素晴らしい能力であり活動だと思います。

さて。

そんな話しはどこにでも書いてあると思うのですが。

このエントリーを書こうと思ったのは、最近、よく思い返すことがあって、そのこととこのワードが関係しているなと思うことがありまして、それをメモしておこうということです。

昔話です。

小中学生のときにヤマハのエレクトーン教室に通っていました。なぜ行くことになったのか記憶がありません。

エレクトーンってやつは今考えると(今もですが)バカ高い楽器です。さすが世界のヤマハのプロダクトだとは思います。記憶が怪しいのですが2台買ってもらったと思います。2台目はたぶん40万円くらいはしたのではないでしょうか。もう40年くらい前の話しですので。。。当時の最高機種はGX-1だったと思います。懐かしい。。。もうデザインが未来過ぎて。。。いくらしたのでしょう。。。700万円らしいです。

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脱線しました。自分の子供も吹奏楽をやっていたのですが40万円の楽器を買い与えられるか。。。無理です。子供が一人ならいいでしょうけど兄弟が大学進学と重なるとその余力がでません。ごめんなさい。。。

要はそれくらいしてもらったのですが、毎日のように練習していたか?というとそんなことはなかったです。。。天国にいる父上。。。改めてごめんなさい。。。🙏

人と違うことをしたい、そして、当時、YMOなどシンセサイザーブームがあり、技術の最先端?、要はカッコいいというイメージがあったのでしょう。なので練習もろくにしなかったけど辞めずに続けたのだと思います。

余談がいつもように長くなりましたがやっと本題に入っていきます。

ここで書きたかったのは、 人が関心をもって接する対象にはその対象全体の中に関心のある部分がある 、ということです。

よくわからないですね。。。すいません。

エレクトーンの例で説明すると、 「僕はエレクトーンを習っていました」 が、それを聞くと、 周りは(自己認識としても)「音楽が好きなんですね?」と認識します が、振り返って考えると実は 「エレクトーンという楽器自体の新しさが好きだった」 ということがわかっていきます。

大学生の頃、借金して中古の電子楽器を買い集めていました。自分史ではかなり情熱があった時代でした。楽器、特に電子楽器が好きだったのだと思います。

人が何かに関心を持ったときに、人は段階的に詳細化しながら認識していくため、その対象のどこに関心を持ったのか(持ち続けられたのか)が後々見えてくる ということを最近、再認識しているんです。

これって色々な場面で遭遇すると思うんです。

野球が好き、音楽が好き、服飾が好き、ライブが好き、人が好き、その好き(関心がある)対象とその人の間には関係性が生まるのですが、実は、(全部が全部ではないでしょうけど私のように)その対象のある部分が好き(関心がある)ということって結構あるんじゃないかなぁと思うのです。そして、それを人は自己認識できていないことも多いのではないでしょうか?僕の想像に過ぎませんが。僕は僕自身の体験としてそう捉えています。

自己認識できていないとどうなるか。。。例えば、上記のエレクトーンのようなことになるのです。私としては好きな電子楽器に触れられて良かったのでしょう。でも、親から見た期待としては色々な音楽を楽しんで弾いてくれるだろう、毎日とはいかなくても楽しんで練習してくれるだろう、という期待があったのではないかと思います。でも、そうではありませんでした。無理な話しですが、子供の頃にそういう自分の認識を人に説明できたら。。。良かったのだろうなと思うわけです。両親は特に練習しないことを責めることはありませんでした。僕が親だったら。。。「少しはやれよ。。。」と言ったでしょう。

自己認識として「私は○○が好きな人」ではなく「私は○○の○○が好きな人」と認識できるとたぶん正しい方向に自分を導ける ような気がしています。それが最初からわかれば世話ないよ。。。それができないのはなぜか?たぶん、このエントリーのタイトルである段階的詳細化という特性なんだろうな。。。ということなんです(〜化なので特性というより人の行動を示すと思うのですがその辺はご容赦ください)。という話しでした。

まだ考え中ですがアウトプットしてみました。

何かに関心を持つときに「自分はこれのどこに興味があるのだろう?」とメタ認知してみると。。。自分への理解が増すんじゃないでしょうか?それってどこかで教育を受けるのかわかりませんが、結構、僕は大事だと思っています。