今日は授業がないのでちょっと連投してしまいます。。。暇ではないのですがすいません>自分
昨日、今日とNotebookLMを使って音声キャストの自動生成機能?を使ってみました。
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自分が書いた文章を元にとても自然な流れのラジオ番組が完成している。。。すごい、というか恐ろしいくらいです。
私がダークモードというワードを思い出せなかったところが音声では自然な会話として語られていました。その前の記事ではオチ?の言葉を会話の中でしっかり有効に使っていました。それっぽさが現在のAIができること、と思い込んできましたが、この音声の会話を聞くと人間が書いたメッセージの文脈や文意を理解して、その内容をラジオ番組という会話の流れにマッピングしてより価値あるコンテンツとして再構成するメタ知識のような機能があることを感じました。
これって人間でももちろんできますがそれなりに熟練する必要があると思います。ラジオ番組の構成作家やパーソナリティのスキルのようなものと思います。
これができるんだったら。。。
授業テキストをもとに授業らしさを構成することだってできると思うんですね。しかも大勢に向けたメッセージではなく、その学習者個人の特性に合わせた形でコンテンツを再構成することだって可能だと思います。
今、教育現場でリアルな先生が教育にあたっています。私もその一人です。実在する人間だからゆえに好き嫌いはどうしても出てきます。「こいつ合わないな」と思った瞬間にその科目に力が入らなくなってしまうこともあったと思います。
単に見た目をアバターにするとか声色を好きなものに変えるとかはすぐにできそうですが、それこそ個別学習塾ではなりませんが、自分にあった形式・内容で教わることができる。しかもいつでもどんな形でも質問ができる。しかもAIは人ではないので恥ずかしくない。
いや。。。これまでの教育のあらゆる負の要素が取り除かれた教育が実現できる、と思えてきます。
上げすぎとは思います。でも、少なくとも今の教育よりはマシな形になるだろうとは思います。
あとは、そういう教育がデフォルトになるかどうか?じゃないかなと思います。
学校っていらないんじゃね?と誰かが言っていました。人間社会で生きていくためには社会性を身につけなければならない。。。とは思います。でも、それってAIがなかった世界を生きてきた我々みたいな人間が感じることであって、真の意味で知識やスキルだけを身につけることだけを考えれば、別に教師が人間である必要性はないはずです。
もちろん、我々はアナログかつ物理的な人間ですから、一緒に学ぶ人の集まり、コミュニティ、見守る人、見守られる人との関係はAIが主の時代になっても必要とは思いたいです。
誰がその未来の世界をイメージして実現していくか。。。まだそのイメージ(の良さ)が共有されていないこと、そしてそのイメージを実現するために行動している人(会社を作ったり教育制度を変えたり)がいない、あるいは少数というのが現状なんじゃないかなと思います。
いつその時代がやっているのでしょう。楽しみです。