memorandums

日々の生活で問題解決したこと、知ってよかったことなどを自分が思い出すために記録しています。

本:「推し」で心はみたされる?

はてブロを巡回しててシロクマさんの以下の本を知りました。プロフ欄に書いてあったのでタイトルにつられて。

といっても買いませんでした。ごめんなさい。自宅近くの図書館にあったからです。(私のおサイフに)エコです。

読んでます。ちょっと用語が頭の中で整理できず(コロナのせい?)ぼーっと読んでいるのですがナルシシズム、承認欲求、所属欲求、などなど出てきて、読み直さないと理解できないなぁ。。。と思ってます。まだ半分くらいです。

そういえば、いつも聴いてるドングリFMでニュースとか雑音でもっと時間をかけて熟成したコンテンツとか読むことに時間をかけたい、しかも図書館で借りれるなら借りて、という話をされていて半分、共感してました。

ニュースもネット記事も読まなくなった

ニュースもネット記事も結局は他人事なわけで、ラジオのようにそんなことに興味を持って 時間をかけるくらいだったら、自分の時間をもっと大切にした方が気持ちよく時間を過ごせる、という 個人的な感想を述べられてると理解しました。

自分の時間を大事にする ことと ナルシシズムに関係があるような気がしてなりません。

私もこのブログを書くときに、書いた内容を残すことに興味があるというよりは 自分がモヤモヤとしてるものを言葉にしてまとめるという作業をしていること自体は非常に面白いと感じています。

そんなもん書いてる時間があったら他に面白いコンテンツがたくさんあるやろうと言われるかもしれませんが 僕にとってはこれが面白い時間なんでしょうね。

書いた成果物について承認欲求を得たいという価値観はありませんし、所属欲求 もありません。自分自身が自分自身のなりたい自分になるための活動の一つなんだろうなと、どんだけ自分が好きやねん と思いたくなります。これってナルシスト的な発想ですよね。

なんかずいぶんと読み間違えてるような気がしますが、ブログを書くという行為は自分にとって自分に対する推し活 なんだなと、そんな気がしています。

書いているうちに 脱線してしまったのですが。この本を読みたかった動機の一つは、推し活をしているという 学生の声をよく耳にするようになって、その活動の意味するところの背景を知りたいというのがありました。

何かに憧れを持つことによる期待感や 安心感が得られるという精神的なメリットがあるようです。同じ対象に 憧れてる人たちの輪に入って認められるという承認欲求 や所属欲求 が満たされるというメリットもあるのだそうです。

推す人が実在していればリアルな人間であるがゆえの不完全さが露呈します。両親に始まり 芸能人、恋人、憧れの人。

そうした 不完全な不安定な人を押すぐらいになったら バーチャルが世界に生きる 仮想の人を仮想の人格を押した方がより安定感があるという子供用です。

そういえば 自分の娘が恋焦がれていたすと◯◯に裏切られたのを目にしたことがありましたっけ。。。コンサートも一緒に行ったけどなぁ。。。冷めてしまったらしいです、ずいぶん昔の話です💦

ちょっと本を読んだぐらいで分かった気になってる気分が気持ち悪いですが、人が何かに惹かれるというのは非常に面白いことで、その仕組みが少しでもわかると何か嬉しいな という気持ちになります。

でわ。

細切れの時間で続き読んでます。

ナルシシズム、承認欲求、所属欲求、そうしたキーワードが繰り返し現れます。

そうした欲求を満足させる一つの有効な手が挨拶なんだそうです。会社や学校で挨拶する。挨拶されたら自動的に返します。

そういえば最寄り駅の駐輪場で市役所を退職した人が再雇用されてる感じの方々が交代で整理員をされてまして。たまに「いってらっしゃーい」と挨拶してくれる方がいて、する人としない人がいてなかなか困ったなぁなどと思ってたのですが、自分から「おはようございます」とか声かけするようになって自分でも不思議だなぁと思ってました。

大学の体育館が改修中でめっちゃ暑い日も大型トラックの出入りを見守る人が立っていて通り過ぎるときに軽く雑談したりするのが心地よいなぁと思ったりも感じてました。

これって地域や周囲への所属欲求何でしょうかね。。。挨拶は気持ち良い、その源泉は所属欲求が満たせるから、ということなのか。などと思いながら読み進めています。