memorandums

日々のメモです。

なぜ話を伝える際に「簡単化」しなければいけないか? via lifehack.jp

何度かこのブログにも書いたように自分の子供(小中学生)に勉強を教えるときに「学校では習っていない方法」やよりわかりやすくなるようにと「例え話」をすることがあります。結果、私の話は長くなり子供が耳を閉ざしてしまうことが良くあります。なんとかできないものかと。。。上記のページが参考になります。


学校で習っていない方法は「簡単化」とは逆になります。選択肢が多くなっても幸せにはなれない、ということです。


優れた人は1から10を知ると言われますが、そのためには1つの事象や事実をあらゆるを角度から検証しなければなりません。子供にもそういう柔軟な考え方を身につけて欲しいと考えてきました。特に「学校で習っていないもん」と思考停止するようなことはあってはならないことだと考えてきました。


でも、上記のような個人的体験や「簡単化」の話から、新しい物事を理解するときにはその道筋?は少ない方がいい、のかも知れません。それが十分にこなれてから違う選択肢を与えるべきなのでしょう。


「例え話」については理解の道筋を増やす方向になりますので×になるのかもしれません。


的を得た「例え話」ならいいのでしょうけど、的を得るということは、コミュニケーション相手の頭の中にある知識情報を前提とする必要がありますので、文脈毎にそれを(リアルタイムに)用意することは困難だと思います。教授経験がモノを言うのかもしれませんが、上記の「若者バカ論」の話と同様に、歳をとればとるほど双方の年齢差は広がりますから、経験だけで片付けられる問題だとは思えません。


相手の欲している情報を欲しているタイミングで与えることができる。それがプロの教育者なのでしょう。。。