memorandums

日々のメモです。

強育論

学習の本質をついた教育法を実践されているとみました。質問されると、丁寧に、やさしく、説明することが良い先生とされています。質問した生徒はそのときは理解しても帰って自分で問題に対峙すると解けない。。。その繰り返しだそうです。なぜか。それは自分で問題と格闘していないから。


著者である宮本先生は質問しに来る学生に対して「質問は禁止です」と追い払うそうです。いかに教えるかではなく、いかに生徒の頭を動かすか、そのことに集中されているそうです。答えが出なくたってイイ。考える事に意味があるとのことです。私が学生だった昔?には、大学で試験に出そうなところをいう先生など誰一人いませんでした。その子が単位が取れようが取れまいがその学生の責任でした。もちろんJABEEが要求しているような定期試験の解答/解説をすることもありませんでした。落ちていたら。。。また来年、がんばろう。。。でした。本人が努力した結果であろうがさぼった結果であろうが結果はすべて自分持ちでした。教員が学生支援する。。。なんて見た事なかったですね。。。脱線しました。


いずれにせよ欲しがらない本人に無理に勉強を与えることは、宮本さんににすれば(教える側の態度として)愚の骨頂だと言われるでしょう。欲しがる状態にすること。欲しい状態で自分で試行錯誤させること。教えることが教師の役割ではない、教えないことが最高の教育、ということだと思います。次に答えが出てくるとわかっていれば自分でやりませんからね。教える側の問題です>自己反省


ただ、この話しは中学入試が中心です。大学生になりいい大人になるまで学習習慣がない。あるいは、挫折を感じてきた学生に対して、同じ方法論が通用するかわかりません。


ただ、今、読書中の東国原知事の著書を読んでいると、勉強し始めるのに年齢は関係ないな。。。とも思います。20年なりの生活習慣を劇的に変えるにはそれなりの負?の体験が必要だと思いますが、自分の将来を変えるも維持するも自分次第だ。。。ということだと思います。


いつものように説教くさくなりましたが、やはり、自分の意思で学んで欲しい、そう思うばかりです。やらされ感は、勉強はもとより仕事でも、意味ある結果は出せないし、本人にとって本当に不幸せなことだと思いますので。。。現実的にはいろいろな障害があるかもしれませんが、自分がやりたいことをやりましょう。